「結果より一生懸命やる事が大事」「結果が全て」←どっちが正しい?」という記事があったんで、ちょっと考えてみました。

ツイッターでつぶやいていたのを加筆というか、もうちょい深く考えてみた感じ。
「つぶやき+ブログ=新たなブログ記事」という概念で、今日のワーク達成。
ちょっと苦しいけど(笑

まずは身も蓋もない意見を。
「結果が全て」と思っている人の宇宙では結果が全て。
「結果より一生懸命やる事が大事」と思っている人の宇宙では一生懸命やる事が大事。
おわり。

何当たり前のこと言ってるんだという感じですが(笑

「結果が全て」と思ってる人に、いくら一生懸命が大事と説いても、結果出さなきゃ意味が無いと思い込んでるし。
「一生懸命が大事」と思ってる人に、いくら結果が全てといっても納得しないし。
とりあえず他人に関してはそういうものだとして。

自分に関しては、自分がどっちだと思おうと正しい、ということになるかも?
ただ、考え方は経験によって変動しうるわけで。
…なんか当たり前のこと言ってて無意味な気がしてきた…

視点を高くして見てみよう

未来の時間軸を考えれば現在の結果なんて全く意味が無い

「結果が全て」といっても「どの時点での結果か」「誰から見た結果か」っていうのでぜんぜん違ってくると思うんですよ。

例えば、飛行機が墜落しそうで一生懸命がんばりましたが墜落しました。
この場合、一見「結果が全て」に見えますけど、一生懸命やった記録が残っていて次に繋がって、結果的に多くの命が救われるかもしれないわけです。
墜落して死んだ人から見た「結果」は「自分が死んだんで意味が無い」かもしれない。
でも、次に繋がった人から見た「結果」は「あとに繋がって助かった」かもしれない。
時間軸と見る人の視点によりますよね。

Aさんが「全力つくしてダメでした」でBさんに被害が出るかもしれない。
Bさんからしたら「結果が全てだろう」と責められることになる。
でも、あの時Aさんが全力つくした結果、未来のCさんが超幸せになりました、だとAさん本人の評価も変わる。

オリンピックで1回目で金メダルをとったけど、慢心してそれ以降ダメになりました。
一方、1回目で散々だった人は、一生懸命になって奮起して、その後2度金メダルをとりました。
金メダルという結果だけ見ても、どの時間軸で見るかによりますよね。

ケガに耐えて一生懸命やったら、ものすごい結果出ました。
その代わり無理したせいで引退が早くなって、休んでいれば出せた結果が出せなくなりました。
未来の時間軸まで含めて「結果がすべて」とかんがえると、「一生懸命やっちゃだめじゃん」となります。
でも、「一生懸命やったんだし後悔はない」という受け取り方も出来て、それだと「一生懸命やることが大事」になるかも?

なんかそう考えると、結局は本人の解釈の問題なんですよね。
でも、本人の解釈も時間が変われば変わっていくわけで…
…なんかますますわけがわからなくなってきました(笑

結果は時の運も大きく絡むので100%自分でコントロールすることはできないですよね。
一生懸命やることは100%とはいわないけど、かなりのレベルで自分でコントロールできるわけで。
だから結果は時の運として、一生懸命やるほうがいいのでは、とも。
基本的に、無理をしない限りは未来に好影響及ぼす確率が高いですし。

まぁ「一生懸命戦争止めようとしましたけど、無理だったので人類滅亡しました」だと結果が大切ですよね。
でも、それすらも次に現れる知的生命体や宇宙人が助かるかもしれない。
その視点からいけば「人類が一生懸命がんばってくれたから」となるかもしれない。

とりあえず「現在の結果」は「未来の解釈」によりいくらでもかわりうるのは確かなんですよね。
プロジェクト成功させたせいで金銭感覚狂って破滅とかなら、結果出さないほうがマシだったと思うかもしれないし。
原発誘致に成功して地域活性化しましたという現在の結果が、未来の原発事故につながるかもしれない。
その時点では原発は絶対に安全と思ってたかもしれないし。

「結果」というのは、はるか未来の時間軸から見て評価が変わると考えると、常に変動するものなんですよね。
じゃあ「結果が全て」ってなんなの、と。

また、現在という時間軸で「結果が出なかった」という結果になった場合、「じゃあこれからどうするか」というのが重要ですよね。
「結果を出せなかった」という過去のことは、もはや過ぎたことで、過去という時間軸はどんどん遠くに流れ去っていきます。
そうなると、「結果が出なかった」ということは、もはやどうでもよくなるわけです。
だって、過去のこと考えるくらいなら「これからどうするか」が重要ですし。
結果が大事だけど、結果が出なかった時点で、その結果の重要度はゼロになる。
つまり、別に結果が出てもでなくても、どーでもいいということに(笑


…なんか何を言ってるかわからなくなってきましたが、はるか未来の時間軸まで考えると、現在という時間軸での結果を評価することは無意味です。
そして、結果がなんであれ、じゃあ次どうするかということが重要なので、もはや過去の結果は全く意味をなさないので、これまた評価することは無意味です。

「結果が全て」という人は「今のオレの目から見た結果が全てだ!」といってるようなもので。
別にそういう人に合わせる必要はないですよね。
その人からだって、未来の時間軸から見たらどう評価されるかわからないですし。
自分の評価も未来には変わってるかもしれないし。

というわけで、究極的には結果を意識するのは無意味。
だったら、自分が好きにやりたいようにやれば、それがベストなのです。

…なんかおかしな結論に達してしまった…(笑

2 Comments on 「結果が大事」という考え方について考えてみた

  1. ☆008さん
    まぁ、現時点で良いと思われる結果を出すために行動するのは基本です(笑
    その上でとーぜん結果が出たほうが嬉しいけど、別に結果でなくても、未来の時間軸で評価したらわからないわけで、未来だけ見据えていればOKということですね。

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