徳川家康が生まれた城
武将隊やからくり時計など楽しめる要素がたくさんでした

1泊2日で名古屋旅行してきました~

・岡崎城、家康館
・トヨタ産業記念技術館
・熱田神宮
・ミッドランドスクエア展望台

2日でかなり詰め込んだんで、帰ってからぐったりでした(笑
しばらく東京にばかり行ってたのですが、違うところにいくと、色んな発見があって楽しかったです~

とりあえずは岡崎城レポから。

岡崎城レポート

家康公四百年祭開催中

岡崎城は名古屋よりも東の岡崎市にあるお城で、徳川家康生誕の地なのですよ。
なので、岡崎城では家康一色で、なんだかとっても新鮮でした。

名古屋から電車と歩きで1時間くらい。
歩きが20分くらいだったので、もう着いた時点で疲れ果ててました(笑
荷物を名古屋駅近くのホテルに預けたりして、その時点で歩きまわってたのもあるかも。

ちなみに、なぜか岡崎に住んでいる友人が複数人いて、名古屋方面の人と話すと「この人も岡崎の人なのか」という感じになったりして、わたしの中では妙に縁のある土地なのです。

岡崎城のストラップをもらったり、別の人にゆるキャラのおかざえもんのストラップをもらったりで。
「岡崎城いってないのに、こんなもん貰っても困るやーん」と。
むしろ、これは「岡崎に来い」ということなのだろうか…

ということで、名古屋の有名施設も結構行ったし、岡崎まで足を運んでみたのでした。

で、岡崎城では家康公四百年祭といことで、イベントが実施されてました。
でも、月曜に行ったので、特に何にも見れず。

名古屋の人に岡崎城に行ったというと、「家康400年祭やっててちょうどよかったね」と言ってたけど、400年祭の恩恵1つも受けてないよ!(笑

史跡色々

家康の産湯に使われた井戸

岡崎城は、さすが家康生誕の地だけあって、その関連の史跡がありましたー

家康が生まれた時に産湯として使われた井戸。
子供が生まれた時は松平家の家を保つので精一杯で、まさか家康が天下人になるなんて思いもしなかったでしょうねぇ。

中にはねこさんがいました(*´▽`)
にゃんこを見つけると撮らずにはいられません!

にゃんこと撮影(*´▽`)


家康の胞衣(えな)を埋めた塚

こちらは家康の胞衣を埋めたえな塚。
胞衣というのは、胎児を包んでいた膜や胎盤などのことだそうです。

一緒に撮影~

史跡としては、実際のところコレだけでして。
生誕の地としての面が強いですね。

家康が幼少期を過ごした地は、駿河の臨済寺という場所だそうで。
ここで、今川義元の師である太原雪斎に学んだそうな。
で、こっちには、竹千代手習いの間というのがあるそうな。

というのを、帰ってきてから見た歴史秘話ヒストリアで知りました。

あと、なんかイカリとお墓らしきものが。
「鎮魂之錨」なんだそうですけど、なんなのかよくわかりませんでした。

武将隊のおもてなし

徳川四天王をはじめとする武将隊

岡崎城では武将隊の方々が常勤しておられまして。
家康と徳川四天王と、服部半蔵と、あと誰かの8人です。

休日は8人全員揃ってるのですが、平日は4人だけ。
今回は家康はいませんでした、残念。

ちなみにどれが誰だかよく覚えてない人が数人…
右側の赤い人が井伊の赤備えで有名な井伊直政ですね。

そもそも、徳川四天王と言われても、かろうじて名前出せるくらいなんですよね。
井伊直政が赤くて彦根城で、本多忠勝が戦国BASARAだとロボで最強なくらいしかイメージないんですよねー
こんだけ名前出せるだけでも、一般的にはよく知ってる方なのでは。

歴史好きなんですけど、徳川家のことはあまりよく知らないのです。
岡崎市民的には徳川四天王は身近なんだろうか…

写真撮ろうとしたらポーズまで決めておもてなししてくださった方。
…でも名前が思い出せないという(笑

本多忠勝の娘の小松姫さん。

右の方は、たぶん本多忠勝であってるはず。
なんか忠勝のネーミングは「ただ勝つ!」ということらしいんだけど、ほんまかいな…

とりあえず、武将隊がいておもてなししてくれることにびっくりしました。
いくつかお城行ったけど、ここまで力入ってるところはなかったような。

ゆるキャラはいても、8人も武将がいるところはなかなかありませんからねー

あと、わたしは関西人なんで、やっぱり大阪城がなじみ深くて、秀吉に親しみがあるんですよ。
徳川といえば、最後においしいところを持っていったイメージなんですよね。

それが、徳川ゆかりの武将隊とかで、もう徳川一色で、超アウェー感でめちゃくちゃ新鮮でした(笑

「なにこの家康様大好きオーラ!?」
「徳川四天王で盛り上がってるって、なんなのここ…」
「なんか当たり前のように徳川推しだ…」
「わたし家康より秀吉派なんだけど、ここに居ていいの?」

とまぁ、もう違和感ありまくり(笑

自分の中の常識をぶち壊された感がすごかったです。
たいして遠くじゃないのに、こんなに違うとはびっくりしました。

岡崎城天守閣

天守閣はちょっと撮りにくかったです

岡崎城の天守は1959年に鉄筋コンクリートで作られた天守なのです。
当時のものと違ってありがたみは薄れますが、当時のまま残っている天守は12個しか無いそうですからね~
まぁこーいうのも100年建てば史跡になるわけですよね。

岡崎城の欠点として、天守閣を撮るのがひじょーに難しいことが挙げられます。
ベストスポットみたいなところがないんですよ。

「木が邪魔!」
「こっちからだと綺麗に撮れない!」
「こっちからだとそもそも見えない!}
「…そもそも、なんでこんなところに建てたん…」

こんなかんじで、ひじょーにもどかしいのです(笑
戦後になってから建てたのに、なんでこんなことになっちゃったんだろ…

天守閣のまわりには狛犬がいたり、馬の像があったりしました。
なんかよくわからないけど、とりあえず撮るのです。
そして、撮り過ぎたせいで、帰ってから記事にする時ひーひー言うのです><

東照公遺訓碑。
「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し」のアレ。

どっちかというと、「人の一生はいらない重荷を投げ捨てて身軽になって生きていくといいよ」という気が最近するのです。
おそらく、みんな必要のない重荷を背負いすぎなんですよね。
物理的にも精神的にも断捨離が必要だなーと。

葵の御紋のもととなっている二葉葵がありました~
葵ってきっちり見たことが無かったかも…
そう考えるといい加減なもんですね><


天守閣内は博物館で撮影不可
1階と最上階だけOKでした

天守閣内は博物館になっているのですが、基本的に撮影不可。
1階と最上階だけはOKでした。

で、1階にはお城を支えてきた礎石がおいてあって、パワースポットとされています。
そんなわけで、きっちりパワーをいただいてきました(笑
これで天下は我が物じゃー、フゥーハハハ!

なお、博物館の内容は、よくある鎧などの展示でした。

あと、なんかやたらとかわいいダンボールの人形が。
家康と徳川四天王があって、岡崎城はやっぱり徳川四天王推しなようです。

ちなみに岡崎城の階段、異常なほどに狭いです。
普通のお家の階段を無理やり2つに区切った感じで、せまくて歩きにくいのなんの><
岡崎城西大の難点です(笑

一緒に来た友人は岡崎市民で、この狭さを知っていたので、リュックで来てました(笑
ショルダーバッグ背負ってたら通れないとかいってました。
戦後になってから建てたのに、なんでこんなことになっちゃったんだろう…

最上階は展望台です~

お決まりの撮影用のパネルがあって、顔出して写真を撮れます。
使わない時はイラストの顔があって、見映えがするのはいいですねー
いろんな観光地に行ったけど、このタイプを見たのははじめての気がします。

やってみたけど似合わなさすぎる(笑
なお、睨み顔でやってみたのもあるけど、怖かっただけなのでボツ(笑

近くにある大樹寺というお寺には、徳川将軍歴代の位牌があって、位牌の長さが身長になっているそうな。
おもしろそうだし、是非見てみたいですね~

銅像いろいろ

岡崎城にはやたらと銅像がいっぱいあるのです

なぜだか知らないけど、たくさん銅像があって撮影しがいがある岡崎城。
ひととおり撮ってきましたー

まずは本多平八郎忠勝。
戦国BASARAのせいでロボなイメージが出来てしまった(;´Д`)
もはや風評被害のレベルだ。

三方ヶ原の戦いの後に書かせた肖像画の銅像。

武田にこてんぱんにやられて、恐怖のあまり馬上で脱糞したという話なんですけど、Wikipediaで調べたところ「この話は出典となる史料が判明しておらず」と書いてました。
どーりで、この銅像のところに、そういった説明がないわけです。
家康を貶しめないために意図的に書かないでいるのかと思いました、ごめんなさい(笑

同じようなポーズで、しかめっ面で撮ってみた(笑

それにしても、ここの日本庭園が綺麗です(*´▽`)

家康像。
光の加減で上手く撮れませんでしたが、頭の上に鳥が止まっているところと、飛び立った瞬間を撮れました(*´▽`)

帰り際に撮ったので、西日が強くて上手く撮れず><

どこのどなたか存じませぬが、銅像があったので撮らせていただきました。
やっぱ家康なのかな?

と思って公式サイトみたら、「松平元康の像」とか書いてました。
今川家臣時代の家康ですねー
その時代の像も作るあたり、さすが家康愛にあふれています。

その他いろいろ

からくり時計

岡崎城にはからくり時計がありまして。
毎時0分と30分には時計が開いて、中の家康人形が踊り出すのです。

これがまた動きが精巧で、歌も流れて、ものすごい完成度で楽しかったです~

大阪城とか姫路城とか名古屋城とか、その辺の行くだけで楽しい有名どころと違って、出来るだけ人を楽しませようと工夫がこらしてあるなーと感じました。


花時計

とっても綺麗な花時計があったので撮影~


その他いろいろ

火曜日に来れたら、ここで家康公生誕劇を見られたんですけど、残念ながら見られず><

あとはなんか色々撮影。

なんかよくわからないけど、えらく赤が鮮やかな朱塗りの橋。
普通こういうのってオレンジっぽいのに、こっちはなんかピンクに近い感じで、ものすごい違和感でした(笑
なんなんだろコレ…

石の十三重塔。
各所でこーいうのをよく見かけますが、どういう意味があるのか、いまいちよくわからず。
またゆっくり調べてみようと思います。

お城の形しててなんだろなーと思ったら電話ボックス(笑
家康公生誕450年記念だそうな。
それにしても、その記念が電話ボックスなのか…

でも、みんなが携帯持ちだして、公衆電話が少なくなった今、こーいうのを作ってくれるのは便利で助かりますね。
携帯忘れたとか、電池切れたとかでも対応できますからねー

とか、なんで電話ボックスageの文章書いてるんだろう自分…

でっかい正門。
入るときはこっちからじゃなかったので、帰りに撮りました~

ぬこー(*´▽`)

帰り際に撮った堀と石垣。
残念ながらあんまり迫力が無いです><

お城といえば、天守閣と堀と石垣なんですけど、岡崎城はどれもいまいちなんですよねー
その分、武将隊とかからくり時計とかがカバーしている感じ。
トータルでは、たいへん面白いお城ではあります。

お昼ご飯

八丁味噌で味付けされた五平餅

お昼ごはんは、五平餅というのを頼んでみましたー
五平餅という物自体を初めて知りましたが、せっかくだから挑戦してみました。
さすがに関西人がここでたこやき頼んでも仕方ないですしね(笑

ちなみに「五平餅ってなんですか?」と聞くと、「知らないんだー」と驚かれました。

つぶしたご飯を串焼きにしたものなんだそうな。
八丁味噌で味付けされています。

名古屋のお味噌が大好きなので、美味しく食べられました(*´▽`)

名古屋の味噌の本場が岡崎の八丁味噌なんだそうで。
その事実を知らなかったのですが、本場で食べられたことになりますねー


「三河武士のやかた家康館」に続く

さらに、今回はすぐ近くにある「三河武士のやかた家康館」にも行ってきました~
こちらは家康メインの博物館でした。

というわけで、次回は家康館レポートで。
岡崎城の詳しい感想は、そちらでまとめて書きますね。









2 comments on “[岡崎城] 家康生誕の地で武将隊やからくり時計を楽しみました”

  1. 「人の一生はいらない重荷を投げ捨てて身軽になって生きていくといいよ」・・・同意同意!
    それにしてもゆきにゃんは昔より今の方がキレイ&カワイイですね、進化してるんですねえ

  2. ☆ピアックさん
    生きる上でいらない重荷おおすぎですよねー
    もっと身軽に生きるために、物理的にも精神的にも断捨離しよう…
    わーい、今のほうがキレイ&カワイイといってもらえてうれしいです☆
    少しずつ進化してます(笑

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