良心をもたない人たち

25人に1人と言われるサイコパスという人種の話
良心を一切持ち合わせない危険な人間の存在を知ろう

久々に読書感想文です~
今回、「良心をもたない人たち」という本を読んで、いろいろとスッキリしましたし、これは多くの人が知っておいた方がいい話だということで、紹介なのです。

文字通り、良心というものを一切持ち合わせず、平気で嘘をつき、人を物としてしか見れないような悪魔の様な人間の話です。

サイコパスという存在

根本的に良心が欠如している人は結構いる

そもそも良心が何かということを話しだすと哲学的な話になりますが、人を傷つけたくないとか、人を喜ばせてあげたいとか、たいがいの人が持ち合わせている気持ちです。

ですが、その良心というものが欠如している人間が存在するそうなんですよ。
欧米には25人に1人の割合、アジアではそれよりももっと低く100人に1人とかそれ以下の割合で、そういう人たちがいるそうで。

彼らは「サイコパス」と言われてまして、根本的に脳の働きが違うそうなんですよ。
良心が欠如していて、人を傷つけるのにためらいがないのです。
そして、善良な人を徹底的に利用して生きようとするそうで。

もっとも重要なのは、治そうとして治せるものでもなく、根本的に話が通じないので、関わらないのが一番の対策ということでして。
これを知るか知らないかで、だいぶ考え方が変わるかなーと。

つまりまぁ、この世には煮ても焼いても食えない人間がいるという、まぎれもない現実。
嘘ばっかついたり、人を物としてしか見ないような人は、サイコパスの可能性が極めて高いわけで。
彼らに倫理観は一切通じないので、まともに相手するとこっちがつぶれるだけ、と。

一番悪いのは、自分を責めること、同情することです。
「自分だって悪いこともあるし」とか「相手もかわいそうな部分もあるし」と考えると、サイコパスの思うつぼ。
それで病んで人生がつぶされる人がいかに多いことか…

対処策

我慢せず、直感を信用しよう

個人的に一番良いと思う対処策は、とにかくガマンしないことだと思うのですよ。
ガマンは美徳という文化が日本にありますが、大間違いです。

嫌だと思う相手にガマンする必要はないです。
とっとと縁を切るべき。

人間は理屈で判断する以外にも直感というものがありますが、直感は大体ただしいんですよね。
「なんかおかしい」と違和感を感じたら、心の声を優先したほうがいいです。
「でも、あの人は良くしてくれるし、恩もあるし」とか、そーいう理屈よりも直感優先で考えたほうがいいと思います。
「なんか嫌と思ったものは嫌、関わらないようにする」というのが正解。
嫌な相手に、わざわざ嫌がらせをしたら泥試合ですし、感心できないですよね。
でも、「距離をおいて関わらない」というのは、自分の気持ちに正直になっているだけなので、何の葛藤も感じる必要はないと思うのです。

もし相手がサイコパスじゃなかったとして、善良な人だったことを考えてみても、「なんか嫌」なら「関わらない」が正解です。
「なんか嫌と思われてるけど、ガマンして付き合ってもらっている」とか、自分がそうだったら逆に悲しいですし…

まぁみんながみんな、そう簡単に嫌な人を避けられるような人間関係に生きているわけじゃないんですけども。
ただ、出来るだけ嫌な人とは関係を持たないという考え方を持つというのは重要かなと。

人間の脳は、課題を与えれば答えを探す仕組みになってるわけで。
「あの人と関わりたくないけど、どうすればいいか」という課題を与えておけば、そのうち何かひらめく可能性があります。
逆に「そんなの無理だ、ガマンしなきゃ」と思っちゃうと、ひらめくものもひらめきません。

そういう意味でも「ガマンは美徳」というのは大間違い。
どーせたいがいの人は良心を持ち合わせている善良な人間なので、ガマンしなくても、そうそう悪いことは出来ないですし。

これも重要で、善良な人間は、やりたいことだけやるようにすると、最終的には人を喜ばせる方向に行き着くと思います。
それを邪魔するのが、資本主義的な価値観や、マスメディアによる洗脳かなと。

人間は権威に弱く、権威の前では良心を捨てることが出来ます。
「社会システムがこうだから」とか「テレビでえらい人がいってた」とか「メディアがこういうから」とか、そういう、無意識の埋め込みが人を負の方向に行動させている気がします。

マスコミとサイコパスは似ている

マスコミの行動原理はサイコパスそのもの
大前提として、資本主義社会がサイコパス的な思想

考えてみれば、マスコミ全体がサイコパスのようなものだと思うのですよ。
マスコミの目的は企業として利益を得ることであって、人を幸せにすることでも、真実を報道することでもないんですよね。

だから、己の利益のために、人をだますことは日常茶飯事。
それで善良な人が被害を被ったりしてもどーでもよく。
とはいえ、被害が大きくなって社会沙汰になると大変だから、「納豆食べるとやせるよ」程度の嘘が一番つきやすいですよね。

つまり、我々は日常的にマスコミというサイコパスに影響されているんじゃないかなと。

メディアとは、そういう認識で付き合ったほうがいいですね。
お金のためなら平気で嘘をつくし、個人の幸せなんてどーでもいいわけだから、安易に信用するのはもってのほかです。

ゆえに、メディアによって植えこまれた価値観にどっぷり浸かって生きている人たちに強く否定されたりしても、一切気にする必要はないです。
彼らはサイコパスに騙されているよーなものなのですから。
もちろん、これを書いている私も結構な割合で毒されているわけですけどね。
…だったら、そもそもこの本に騙されてるんじゃないか、とかそーいう無限ループになりますが、全てにおいて1回疑ってかかったほうがいいのかもしれませんね。
わたしは自分の経験上、サイコパスは存在して更生は不可能と考えると、ものすごいしっくり来ました。

そもそも、マスコミだけでなく、資本主義社会がサイコパス的なシステムだと思うんですよね。
人を幸せにするためじゃなくて、企業や経済として発展していくためのシステム。
そこに人の感情、愛や共感などは一切ないわけで。

もちろん、長い目で見れば「多くの善良な人に共感される素晴らしい企業」が発展していくと思うんですけど、短期目線で言えば、ブラックなことをしたほうが成長しやすいわけで。

「メディアや資本主義の枠組みの中で悩んで自分を責める必要はない、なぜならそれらはサイコパスのようなものだから」ということですね。

この世には煮ても焼いても食えないような、どうしようもない人間がいるのは間違いないです。
でも、大多数は本来は善良な人です。
多くは資本主義システムや権威に飲み込まれて善良な気持ちを抑えているだけ。
そういう人たちは、そういった権威から開放されて、良心にしたがって行動すれば、そうそう悪いことにはならないんじゃないかなーと。

どうしようもない人間とはわかりあう必要は一切ないわけです。
そもそも良心が欠如している人間とわかりあうのは無理です、逃げるが勝ち。

そういう感じで考えると、気持ち的にかなり楽になりましたねー

良心をもたない人たち (草思社文庫)
良心をもたない人たち

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