「意識は高くしなくていいから、バカになりましょう」という話

「意識高い系」というものについて考えてみた

なんかネットでちょっと色々みてて感じたのが「意識高い系」の話でして。
そもそも、この人たちは「意識を高くするのが目的」なのかなーとか思った<のでつらつらと。

結論から書くと、自分軸でやりたいことのために突き進んでて、結果的に意識が高くなって、まわりを巻き込んでいく人が本物。
で、そういうふうに見せようと演出して、そのくせ中身が空っぽな人が、なんか見ててモヤモヤする意識高い系の人なんだろうなとか。
なんかそーいう話をつらつらと。


結局、誰が言っているかが重要

「意識高い系」っていうのは、自己啓発とか起業とかセルフブランディングとかポジティブシンキングとか、なんかそーいうことばっかSNS上で書いてて、そーいう自分をひたすらアピールして過剰演出してる人たちのことなんですけども。

たぶん、空っぽな人が自己啓発的なことをSNS上で言い続けてても「意識高い系」になってしまって、人の心に届かないってことなのかなーと思うのです。

それこそ、何不自由なく育った上に何もやってない大学生が「悪い所にロックオンせず、良い所にロックオンしましょう」といっても、響かないと思うわけです。
ぶっちゃけ、キレイ事にしか聞こえないですよね。

でも、これが他人から見て天才で実績があったり、ものすごいマイナスを乗り越えたりしてたら、人の心に響くと思うのです。
イチローが言ってたら、なんかそれだけでありがたみがありますし、声を失ったつんくがこれを言ってたりしたら響きますよね。
やっぱ、言ってる人が誰かが一番重要になるわけですね。

別にポジティブシンキングをSNS上に書き連ねることそのものは、それを習慣化することでプラスになっていいんだろうけど、なんらかの実績出さない限りはアピールにはならないのかもしれません。
まぁ実績出しちゃえば、過去ログ全部に価値が出てくるので、未来の結果を出した状態からいえば「意識高い系」でいるのはプラスに働くともいえますが。


「意識高い系」は他人軸なんだと思います

でもなんか「意識高い系」というものに思うのは「意識が高いのがいいことだから、意識高くなろうとしている」という雰囲気をかんじるんですよねぇ…

そもそも、「やりたいことがあるから、意識が高くなる」というのが自然な状態なわけで。
意識が高いのは、やりたくて仕方ないことがあるから、結果的にそうなる話ですよね。

でも「意識高い系」というのは、意識を高くするために意識が高くなるというか。
なんか、結局は他人軸ぽいというか。
己のダークサイドを開放していないままなので空っぽに見えるのかも。
それこそ、わたしの「女性になりたい」とか、子供の頃は「そういう風に考えるのはいけないこと」と禁則事項にしていたダークサイドですからね…

いってみれば、「意識の高い優等生」という、自分とは違う何かになろうとしているのが気持ち悪いのかもしれませんね。

これが「わたしは己のうちに潜んだ狂気を解放したいのだ!そのために意識高くするのだ!フゥーハハハ!」というくらいの勢いなら、人もついてきそうに思うのです。
ただし、それを本気でやっていることが条件で。
ブランディングで「狂気を解放しようとしている自分を演出」だと、それが伝わって、ただの中二病にしかならない(笑
あくまで、「うちに潜んだ狂気を解放したいから、そのために意識高くして突き進んでいる」というか。

そう考えると天才でなくても、実績もなくてもいいのかもしれません。
徹底的に己をつらぬきとおすために意識を高くしている姿は人の心に響くんじゃないかなぁ…


バカなことに本気で挑む姿が人の心を動かすと思うのです

というわけで、結論としては「意識は高くしなくていいから、バカになりましょう」ということでしょうか。

人間、優等生には心を動かされないんですよね。
反面、バカなことを大まじめに貫いている人間には心を動かされるものです。

で、バカを貫き通そうとしたら、障害がたくさん出てくるんで、結果的に意識を高くせざるを得ないわけです。

それこそ「絶対に働きたくないでござる!」とか、本気でやろうとすると、意識高くせざるを得ないのです。
そして「絶対に働きたくない」とか、えらい人へのアピールには絶対なりません(笑
だが、それがいいのです。

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