過去と現在について考えてみた

ここ数日、むかーしに好きだったゲームをなんとなく検索してまして。
久々にやりたいなーと思って買い直して遊んでたら、そのゲーム関連のことをネットで色々調べたりしてたんです。
そうしたら、昔にネットで仲良かった人とかどうしてるのかなーとか調べたりもして、そこから過去と現在のことを色々考えたりしまして。
なんか色々そーいうことをして考えたことをつらつらまとめてみました。

というわけで、あんまりまとまりのない適当な記事です~
写真はただの賑やかしです。
何も画像ないと殺風景なんですよねー(;´Д`)

過去の人間関係について

昔の友人は、その時の価値観での友人でしかない

調べた友人は結局何年か前のブログ記事を見つけただけだったんで、現在はよくわかんないんですけども。
ちょっと考えると、今を知ったところであまり意味は無いんだろうなーと思いました。

その当時に仲が良かったけど、今の自分と当時の自分は全く異なるわけで。
何をゴールにしてて、何に縛られていて、日常的に何を考えているかとか、過去と全く違うわけです。
極端な話、人は記憶が連続してるだけで数年たったら別人になっていると言ってしまってもいいんですよね。
だから、ドライな考え方だけど、友人というのは常にとっかえひっかえしていくものなのかもしれないなーと。

まぁその中で何年も交流が続く人もいるわけですし、久々に見てみたら元気に活動している人がいて、再び仲良く交流するようなパターンもあるんですよね。
でも、それはあくまで「今の価値観にあっているから」なわけで。
この場合も、過去よりも今が重要ですよね。

10年以上前のことは前世でいい

自分の設定年齢はいっそ10歳くらいで良い気がします

そんなかんじなんで、もういっそ、10年以上前のことは「前世のこと」にしてしまえばいいんじゃないかなーと。
それ以上前のことは「前世の記憶があってうっとーしい」くらいの扱いでいいかなーと思いました。

いやまぁ、別に設定年齢3歳でも1歳でも、なんでもいいんですけども、10歳くらいのほうが自然かなと(笑
というわけで、とりあえず今後は年齢聞かれたら「10歳」と答えます(笑
「これには意味があって、10年以上前のことは前世での出来事と考えて生きている」と言ってしまえばOK。

自分にとってのゲームの立ち位置

ひたすらゲームをやりまくるのが自由の象徴だった気がします

自分にとってゲームとはなんだったかというと「やりたい放題ゲームをしたかったけど出来なくて、受験が終わって、いくらでもゲーム出来るようになったヒャッハー!」という感じの立ち位置かなーと。

まぁ子供の時点でゲーム廃人になってたらヤバイので、抑圧があったのは仕方ないし、それは当時の時点でも理解してたわけです。
ほっといたら際限なくやりまくってただろうし…
まぁそれゆえに「自由だったらゲームをやりまくる」ということを子供心に思ったわけですね。

で、ずっとあった「自由にゲームをやりまくる」という願望を達成したのはいいんですけど、その後は現状維持を続けて「ゲーム=やりたくて仕方がないもの」という認識だけが続いてたのではないかなと。
まぁ結局は「はまりすぎて疲労がすごい」「しかも不毛」という結論にいきついて、あんまりやらなくなったんだけども…

自分の人生におけるスタンス

「やりたくないことをやらない」が人生のゴールだった感

思えば、「一般的に就労すべきである状態」に近づくにつれて、どんどん鬱になっていったんですよね。
働きたくないでござる、絶対に働きたくないでござる!!

ゲームとかネットばっかしてた状況から、「やりたくもないことを延々とやり続けて何十年も生きないといけなくなる」という恐怖で病みました(;´Д`)
しかもまわりはそーいう「普通に働く」という生き方が当たり前の感覚の人々ばっかだったのが余計にまずかったような。
とにかく「やりたくないことはやらずにいたい」という一心だったんですよね。
やりたいことをガマンするのは慣れてたんですけどね…

ネットビジネスの可能性を感じてエネルギーを得ました

働かないで済む可能性を掴んだら、
全力でそっちに

とにかく「やりたくないことは絶対にやりたくない」という一心だったわけで。
そこで、ネットでお金を稼いでなんとかしていきたいとなって。
いろいろぐだぐだあったけど、なんとか形になりそうな希望が見ええ、そのときに一気に視界がひらけたのかもしれません。

まぁその後いろいろあって、「あまりやりたくないことで稼いで、そのお金でもっとやりたくないことを回避しようとした」という方向性でいたために苦労しましたが。
結局、やりたくないことは一切しないでお金を稼ぐ方向性じゃないと上手くいきませんでした。
言い換えれば「やりたいことだけやってお金を稼ぐようにしたら上手く行った」ということですね。

好きなものを素直に好きと言えない状態

自分の願望を人前に出せない状態が続いてました

振り返ってみる、やっぱり慢性的に女性になりたいと思ってたんですよね。
小学校中学年か高学年くらいからなのかなぁ、これ。

性別で困っている人間というのは、「同じ悩みを外に出せずに、解決の糸口すらつかめないまま、10年単位で悩み苦しんでいる」ということになるわけで、そりゃ病みもしますよね。
しかも「一番やりたいこと」を「やりたい」と言えないわけで、自分の願望1つ1つに「表に出して大丈夫そうか」という迷いを持って、遠慮しながら生きてきたことになります。
その結果、好きなモノを素直に「好き」といえない人間でした。

自分の上に誰かつくと、とにかくダメ

「○○しなければならない」になると極端にダメになる性格

自分の上に誰かついてる状態だと「○○しなければいけない」になりがちなので、驚異的なまでに生産性が落ちるんですよね。
程度の差はあると思うんですけど、わたしはそれがものすごいレベルで発動しちゃうタイプ。
上につくのが「とにかく好き勝手やれ、それ以外は認めない」という人ならいいんでしょうけどね…

これだと性格上、独立してやっていかないと無理ですね…


とまぁ、あんまりまとまってないけど、過去を見ていろいろおもったことをつらつらと書いてみたのでした。

4 Comments on 過去のことを思い出して色々考えたことをつらつらと

  1. なるほど。雪猫様は「過去のお悩み」の終着点を求め、…記事にまとめたのですね。ありがとうございます。参考にさせて頂きます。

  2. ☆mさん
    なんかつらつらと考えたのをまとめてみました。
    参考になったようならうれしいですよー

  3. おひさしぶりですー。
    10年以上前のことは前世でいい、
    っていうのは素敵な考え方ですね。
    私も使わせてもらおうと思います(^-^)
    私はどうも「過去の私はこうだったから、
    現在の自分もこうでなくてはならない」と、
    自分を制限してしまいがちなんですよね。
    他人から「昔のあなたはこうだったでしょ」って
    批判されたくないっていうのもありますが・・・。
    「いや、あれは前世の自分ですから」
    と、ばしっと跳ね返せるようになったら、
    色んな縛りから解放されて生きていけそうです。

  4. ☆紗良さん
    おひさしぶりです~
    「10年以上前は前世」の考え方、気に入っていただけたようでうれしいです(*´▽`)
    過去からの延長で考えると自由な行動ができなくなりますよね~
    「時間は未来から過去に流れている」を徹底して、未来にどうするかだけを考えたらいいんですけど、それでも過去に縛られる時は、あんまり昔のことはばっさり切って「前世のこと」といってしまいましょう~
    実際、10年とか昔過ぎてそのレベルですよね~

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