カテゴリー: 日記

お金になる趣味は人のために丁寧に仕上げて、そうでない趣味は自己満足の追求でいいという話

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写真に意味はないです、12月なのでせっかくだからサンタでヽ(´▽`)ノ

 

で、色々、試行錯誤してて気づきました。

趣味をお金にする際は丁寧な仕事をして、きっちりした作品にしなきゃいけないんだけど、ただの趣味の場合は適当で楽しいとこどりでOKなのです。

それで人が集まって、お金に出来そうな部分が見つかったら、丁寧なものを仕上げればいいのかも。

趣味→自己満だから雑でOK
仕事→人に見せるから丁寧に仕上げる

 

丁寧にやること自体が趣味ならいいし、趣味でもたまに綺麗に丁寧に仕上げることが自己満になるけど、毎回人に見せるために丁寧にしようとすると、人に見せることそのものが目的になって苦痛になるのです。

それでお金になりゃいいけど、ならなかったらつらくなるだけだったのです。

以下、そーいうお話をつらつらと。

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笑顔いっぱいで癒されるようなブログにしたいなーと思ったのです

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今日は満面の笑顔の写真ですヽ(´▽`)ノ

ちょっと思ったのですが、かわいい笑顔の写真って、癒やし効果とかあるんですかね?

見てるとつられて笑顔になっちゃうような、笑顔いっぱい幸せいっぱい、癒やされて元気になれるというコンセプト写真集とかどうかなーと。

 

なんかこう、今まで「具体的に役に立つ情報発信しなきゃ」とか、肩に力が入りすぎてたのかもなーと。

わたしの場合は、そんなことするよりは、とりあえず「カワイイで癒やし効果を与える」でいいのかもしれない、と思ったのです。

 

どーも、今までイベント開催するときとか、建設的なこと、役に立つことをしようとしてたんですけど、別にそんなことしなくても「かわいい世界観で癒やされてね☆」とか、そんなんでいいのかも。

なんか「話してると癒やされる」と言われたこともあるし、むしろそっちの方があってるのかも?

 

まぁ、建設的な方向性も、やりたいときはやればいいんだけど、なんか今は「人の役に立つ方向性」というのにものすごい疲れたので、「笑顔とかわいい世界観で癒される」という肩の力を抜いた方向性でいいのかもなぁ…

脱毛ブログのテコ入れで「人を集めるためには、ひたすらに役立つ情報集めまくって発信しなきゃ><」と無理してしまって、ボロボロになったのかも。

 

なんかこう、うちのブログに来たら、ほんわか優しい気持ちになれるような、居心地の良い空間にするとか、そーいう感じにしたいなーと思いました。

仕事から帰ってきたら笑顔の奥さんが出迎えてくれて癒やされるような、まさに女性的な感じで。

ほんわかのんびりが基本で、働きたくないからなんかいい方法ないかなーとまったり話し合う感じ。

 

エネルギッシュで前向きすぎる世界観しんどいww

リラックマみたいな感じでいきたいw

そーいうほんわか笑顔を提供する癒し系でうまくできないかなぁ…

岩手旅行行き損ねて傷心中

4時起きで始発の電車にのっていったのにも関わらず、空港行きのバスターミナルの場所がわからず、飛行機の時間にまにあいませんでした(つд⊂)エーン
案内板のとおりにいったら、変なとこにつれていかれた…
なんなのあの案内板…こんなのってないよ。゚(゚´Д`゚)゚。

新幹線でいこうかと思ったけど、今月はいつも以上に収入が少なくて、ただでさえ赤字なので、断念しました><
赤字だったら赤字らしく、おうちに引きこもっておけということかorz
わざわざ前日に作った、たいして美味しくもないお弁当を傷心の中、おうちで食べるはめに…

そんな最低な1日でした。゚(゚´Д`゚)゚。

みなさん、空港行きの際はバスターミナルの場所を念入りに調べておきましょう…
出来れば現地調査をorz

最近のマイブーム「真田丸」「美術展の図録」

ゆるーく最近のマイブームを紹介するコーナー開始

最近のマイブームを楽しく紹介するコーナーをはじめてみますヽ(´▽`)ノ

1記事にするほどでもないけど、近況報告的に「最近、こーいうのにハマってます」というのを書いていったら楽しいし、意外な盛り上がりも出来るんじゃないかなーと☆

今回は

・今年の大河ドラマ「真田丸」
・美術展の図録

です~

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時間の流れが早く感じるのは「情報の洪水に対応できていないから」説

情報量が多すぎて選択に多大な時間が必要になってる

ここんとこ、時間が足りないなーとか、時間の流れが早いなーと思うんですけど、要因の1つに情報量が増えすぎているのがあるのかも、と思ったのです。
すべてにおいて選択肢の幅が増えすぎて、まずはどれにするのか選ぶのに多大なコストが必要になっちゃってるなーと。


旅をするにも、昔に比べて選択肢が増えていて迷う

旅をするにあたっても、ネットが無い頃はガイドブックやテレビくらいしか情報源がなかったわけですよね。
もはや、そんなこと考えられない時代ですが…

それが、今では調べると珍スポットとかも出てくるんで、行きたいところは無限にでてくるわけです。
で、どこに行くのかを取捨選択しないといけなくなったわけで…
これが結構時間がかかるんですよね。

そもそも、5、6年前はここまでではなかったはずなんですよ。
京都の観光によく行っていた当時、京都の観光案内をしている個人サイトで候補を探していた記憶があるんですよね。
4年前に名古屋にはじめて行った時も、今みたいに観光のまとめページが山ほどあったりはしなかったような…

今はnaverまとめとか、トリップアドバイザーのような旅のまとめサイトとかも増えていて。
「京都に行ったら行きたい場所50選」とか。
多すぎやっちゅーに!(笑


アニメは多すぎて、なにがなんだかわからないように…

たとえば深夜アニメ。
大量に放送されていて、全部見るのは不可能なので、どれを見るか選ぶ必要があります。
で、極端なアニヲタは「とりあえず全部見て、1話で切るかどうか決める」ということをやってるわけです。
この場合、選択するために1話目を試しに見ているわけで、20分くらいかかってる…
「どのアニメを見るのか」の段階で、たくさんの時間を使っているわけですね。
で、それだけやった上で、3ヶ月後には「今期のアニメは何を切ろう」になる、と(;´Д`)

まどマギやシュタゲなど、自分の好きなアニメのオフ会に行った時とか、アニメ好きが多くて「今期のアニメ」の話になったりして、全然ついていけなかった記憶があります。
ピンポイントでしか見ない人間にはもはや何が何やら(;´Д`)


ネットビジネスとか、色んな人が仕掛けてきて、もうお腹いっぱい

あとは、ネットビジネスとかもそうですね。
ネットを利用して自力で稼ごうとして情報をあさったりすると、たいへんなことに。
なんか、色んな人が仕掛けてくるわけです。
知らず知らずのうちに、それが目に入っちゃうわけで。

最近、いろんなコミュニティに参加してそーいう人とfacebookでつながったりしたわけですが、みんながみんな情報発信してて、なんかもう疲れました(;´Д`)

チャンスはいくらでもあるし、選択肢はいくらでもあるともいえるんですけど、あまりの情報量でパンクしているわけですね…
常に仕掛けられてる感じでもう食傷気味に(;´Д`)


というわけで、時間の流れが早く感じるのは、「情報量が増えすぎて、時間が足りなさすぎて捌き切れないでいるうちに、気がついたら時間が過ぎているから」なのかもしんないなーと。
そんなことを思ったわたしは、情報の遮断が必要な時期なのかもしれません><

お誕生日パーティーで素敵なお花やケーキをいただきました

  • 最初にまとめると…
  • お誕生日祝いありがとうございました☆
  • 友人の家で誕生パーティーしてもらいました(*´▽`)
  • とってもかわいいケーキや綺麗なお花を頂きましたヽ(´▽`)ノ
  • とても嬉しかったです(∩´∀`)∩

みなさん、誕生日お祝いありがとうございました☆
SNSやブログ、メールなどいろいろな場所でお祝いして頂けましたー
とってもうれしかったです(*´▽`)

11月1日は、友人のおうちで誕生パーティーしてもらって、かわいいケーキや綺麗な薔薇のお花いただいたりしました☆
そんなわけで、軽く紹介でーす。

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10月1日 10時位から浜松で遊んでくれる人募集なのです

ちょいと10月1日に浜松に行く予定になりまして。
実際のところは、熱海に行こうとしてるんですけど、新幹線のチケットの買い方を工夫すれば、浜松に寄っても値段がほとんど変わらなかったんですよね。
それなら、行ったことのない浜松にも行ってみようということにヽ(´▽`)ノ

そんなわけで、10時位から浜松で遊んでくれる人募集なのです(*・ω・*∩

行こうと思っているのは

・浜松城
・エアーパーク 航空自衛隊浜松広報館
・掛川城

あたりです。
エアーパークと掛川城は両方は厳しそうなんで、どちらかになりそうですねー
あとは、しらす丼を食べたいなーと(*´▽`)

というわけで、ものすごい急ですが「ひまだし、一緒にあそびたいー」という人がいれば是非(*´▽`)ノ
いなければ、一人で遊んで、その辺の人に声かけて写真撮ってもらうという、いつものパターンになります(笑

とあるヲタ文化の終焉と新たなヲタ文化の誕生

ヲタ文化の変遷と、いつの間にかその中に自分がいない感覚から、
時代の流れを感じたのでした

なんか、少しだけ歳をとったのかもしれないな、と感じたのです。
良くも悪くも、大人になってしまったのかもな、と。

というのも、ヲタ文化の変遷をすごい感じまして。
自分が好きだったものが廃れている中で、自分が全く興味が無い新たな文化が産まれて、中高生がそれに熱中しているわけです。
いや、別に中高生に限らないんですけども、なんとなく象徴的なものとして、ね。

いつの間にか、自然と新しく生まれてくるものの外にいるようになったなぁと。
これが大人になるということなのかもなぁ、と。
そんなことを思ったのですよ。


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目を休ませるために休養中

ぜんぜん更新できてなくてすいません><
目を休ませるために3月いっぱいはのんびりしようと考えてます~
桜が咲くころになったら、色んな所にいったり、お花見撮影したいなーということで、3月はのんびりしようかなと。

体調の方ですけど、現在、好転反応の時期のようで、リラックスすると体に溜まっている疲労が出てくる感じですね。
性別のせいで相当に精神的ストレスがかかっていて、体に溜まりこんでるようです><
まぁだいぶ抜けてきているはず…

そんなわけで、しばらくのんびりしまーす。

常識をぶち壊していく活動をしたいのです

ここ最近、いろいろ考えたりして出来た新しいゴールに「参加者の常識を徹底的に壊して、やりたいことが出来るようにする会」を開催するというのがあります。
セミナーだったり、オフ会だったり、雑談だったり、いろんな形式で。

コンセプトは
・常識を徹底的にぶち壊してしまう
・成功の基準を自分で決める
・やりたいこと以外やってはいけないくらいの勢いで考える
というかんじかな…

自分の本当に望んでる成功基準で生きていて、高い視点で物事を見ることの出来る人を集めたいのです。
もしくは、そっちに向かいたい人でもOK。
お金を成功の基準にしている世界に疲れました…

形としては
・非常識な生き方をしてる人にセミナー講師してもらう
・食事でもしながら、みんなでやりたいことを語り合う
というかんじでしょうか。

1回、「みんなでやりたいことを語り合おう」というオフ会を開催したのですが、それの発展形のようなかんじでやりたいんですよね。
あと、今年に入って参加したセミナーで、「そんな無茶苦茶な生き方ありなのかwww」というような人が講師をしてたのが2つあって、ものすごくわくわくしたのです。
一度試しにホームレスになって2ヶ月ほど続けてみたとか、試しに全財産寄付してみたら次の日に電車代がなくて困ったとか、頭おかしいとしか思えないことをしてしまう人の話を聞いて、すごく面白かったんですよね。
ホームレスになったら、お金を稼がなくても生きていけるのを実感したので、お金の不安がなくなったそうです。
その人は今は好きな仕事やってて楽しそうに生きてるんですよね。

そこで、そういう面白い人に話をしてもらって、わたしが楽しく聞くという道楽目的でセミナー開催したいなと(笑
セミナーというと堅苦しいんで、「変人の話をみんなで楽しく聞いて、自分の中の常識を壊そうの会」でしょうか。

とにかく常識を破壊することが願望なんですよね。
なにしろ、常識の範囲内だと物理的な性別にしたがって生きないといけないので、自分には絶望しか残されていないわけです。
だから、もはや常識を破壊することがエネルギー源といえます(笑

「結果が大事」という考え方について考えてみた

「結果より一生懸命やる事が大事」「結果が全て」←どっちが正しい?」という記事があったんで、ちょっと考えてみました。

ツイッターでつぶやいていたのを加筆というか、もうちょい深く考えてみた感じ。
「つぶやき+ブログ=新たなブログ記事」という概念で、今日のワーク達成。
ちょっと苦しいけど(笑

まずは身も蓋もない意見を。
「結果が全て」と思っている人の宇宙では結果が全て。
「結果より一生懸命やる事が大事」と思っている人の宇宙では一生懸命やる事が大事。
おわり。

何当たり前のこと言ってるんだという感じですが(笑

「結果が全て」と思ってる人に、いくら一生懸命が大事と説いても、結果出さなきゃ意味が無いと思い込んでるし。
「一生懸命が大事」と思ってる人に、いくら結果が全てといっても納得しないし。
とりあえず他人に関してはそういうものだとして。

自分に関しては、自分がどっちだと思おうと正しい、ということになるかも?
ただ、考え方は経験によって変動しうるわけで。
…なんか当たり前のこと言ってて無意味な気がしてきた…

視点を高くして見てみよう

未来の時間軸を考えれば現在の結果なんて全く意味が無い

「結果が全て」といっても「どの時点での結果か」「誰から見た結果か」っていうのでぜんぜん違ってくると思うんですよ。

例えば、飛行機が墜落しそうで一生懸命がんばりましたが墜落しました。
この場合、一見「結果が全て」に見えますけど、一生懸命やった記録が残っていて次に繋がって、結果的に多くの命が救われるかもしれないわけです。
墜落して死んだ人から見た「結果」は「自分が死んだんで意味が無い」かもしれない。
でも、次に繋がった人から見た「結果」は「あとに繋がって助かった」かもしれない。
時間軸と見る人の視点によりますよね。

Aさんが「全力つくしてダメでした」でBさんに被害が出るかもしれない。
Bさんからしたら「結果が全てだろう」と責められることになる。
でも、あの時Aさんが全力つくした結果、未来のCさんが超幸せになりました、だとAさん本人の評価も変わる。

オリンピックで1回目で金メダルをとったけど、慢心してそれ以降ダメになりました。
一方、1回目で散々だった人は、一生懸命になって奮起して、その後2度金メダルをとりました。
金メダルという結果だけ見ても、どの時間軸で見るかによりますよね。

ケガに耐えて一生懸命やったら、ものすごい結果出ました。
その代わり無理したせいで引退が早くなって、休んでいれば出せた結果が出せなくなりました。
未来の時間軸まで含めて「結果がすべて」とかんがえると、「一生懸命やっちゃだめじゃん」となります。
でも、「一生懸命やったんだし後悔はない」という受け取り方も出来て、それだと「一生懸命やることが大事」になるかも?

なんかそう考えると、結局は本人の解釈の問題なんですよね。
でも、本人の解釈も時間が変われば変わっていくわけで…
…なんかますますわけがわからなくなってきました(笑

結果は時の運も大きく絡むので100%自分でコントロールすることはできないですよね。
一生懸命やることは100%とはいわないけど、かなりのレベルで自分でコントロールできるわけで。
だから結果は時の運として、一生懸命やるほうがいいのでは、とも。
基本的に、無理をしない限りは未来に好影響及ぼす確率が高いですし。

まぁ「一生懸命戦争止めようとしましたけど、無理だったので人類滅亡しました」だと結果が大切ですよね。
でも、それすらも次に現れる知的生命体や宇宙人が助かるかもしれない。
その視点からいけば「人類が一生懸命がんばってくれたから」となるかもしれない。

とりあえず「現在の結果」は「未来の解釈」によりいくらでもかわりうるのは確かなんですよね。
プロジェクト成功させたせいで金銭感覚狂って破滅とかなら、結果出さないほうがマシだったと思うかもしれないし。
原発誘致に成功して地域活性化しましたという現在の結果が、未来の原発事故につながるかもしれない。
その時点では原発は絶対に安全と思ってたかもしれないし。

「結果」というのは、はるか未来の時間軸から見て評価が変わると考えると、常に変動するものなんですよね。
じゃあ「結果が全て」ってなんなの、と。

また、現在という時間軸で「結果が出なかった」という結果になった場合、「じゃあこれからどうするか」というのが重要ですよね。
「結果を出せなかった」という過去のことは、もはや過ぎたことで、過去という時間軸はどんどん遠くに流れ去っていきます。
そうなると、「結果が出なかった」ということは、もはやどうでもよくなるわけです。
だって、過去のこと考えるくらいなら「これからどうするか」が重要ですし。
結果が大事だけど、結果が出なかった時点で、その結果の重要度はゼロになる。
つまり、別に結果が出てもでなくても、どーでもいいということに(笑


…なんか何を言ってるかわからなくなってきましたが、はるか未来の時間軸まで考えると、現在という時間軸での結果を評価することは無意味です。
そして、結果がなんであれ、じゃあ次どうするかということが重要なので、もはや過去の結果は全く意味をなさないので、これまた評価することは無意味です。

「結果が全て」という人は「今のオレの目から見た結果が全てだ!」といってるようなもので。
別にそういう人に合わせる必要はないですよね。
その人からだって、未来の時間軸から見たらどう評価されるかわからないですし。
自分の評価も未来には変わってるかもしれないし。

というわけで、究極的には結果を意識するのは無意味。
だったら、自分が好きにやりたいようにやれば、それがベストなのです。

…なんかおかしな結論に達してしまった…(笑

どうも私は考えることと、それを言語化することが好きみたい

(文字だけだと殺風景なので右に画像を入れてみました。考えているところのつもり
 色々試行錯誤中…)

自分が何をやりたいこと、今までやってきたことの1つが見えてきました。
まぁ「やりたいこと」というのは色々あって当然で、「姫」とか「自由」とか、そういう抽象的なテーマがあるんです。
なので、今回書くのは、あくまでその中の1つなんですけども。

「自分の頭のなかでぐるぐる思考して、それを言語化して外部に発表する」

これが楽しくて仕方ないらしい。

わたしは考えるのが大好きなんですよね。
なんでも頭の中でぐるぐると考えてしまう癖があります。

「なんで自分はこう考えるんだろう」
「なんで自分はこういう感情を感じるんだろう、出所はなんだろう」
「(漫画で)ここは矛盾してる気がするけど、どうなんだろう、無理やり整合性つけられないかな」
「(漫画で)なんで作者はこのキャラにこんな酷い扱いをしたんだろう、意図があるはず」

なんかこんなかんじで納得する答えを叩き出そうと考えているときが一番脳の回転が早い感じ。
これを悪い方向にこじらせていたのが1年半くらい前までの状況でして。
「考えすぎ」になって精神的に苦しかったりしたんですよね。
で、ここ最近はだいぶ良くなって、悪い方向に思考をめぐらせないですむようになりました。
おかげで「考えすぎ」にならなくなったんです。

で、「その時、自分が考えていることを言語化して外部出力する」というのが大好きみたいなんですよね。
無意識的にやってしまうというか。

ただ、「綺麗にまとめて出力したい」が出てきて、上手くできていなかったのに昨日気づいたと。
「まとまって体系化されたものが好き」なだけで「綺麗にまとめる作業」そのものは好きではないみたいなので、ここで生産性が著しく落ちるんですよね。
順不同で適当にアウトプットしたものを、後から目次作ってまとめる方が良さそう…

やりたくないことを極限まで切り落としていって、やりたいことだけやっている状況にするのが大切ですね…
間違いなく、とてつもない生産性を発揮します。

で、色々と思ったこと

読書にはまってるのは思考の質を高めるため

良質のインプットしたほうが思考が楽しいことに気付きました

ぐるぐる考えるにも、自分の中にある材料でしか考えられないんですよね。
知らないことばっかりだと、たいしたことが考えられません。
なので、本を読みまくって質の良い知識をインプットして、それで思考の質をあげるのが目的ぽいです。

というわけで、「なぜ本を読むのか」の理由は「考えるのが好きで、そのための知識があると考えるのがさらに楽しくなるから」ぽいです。

「出来事をまとめて言語化する」というのには楽しみを見いだせない

キン肉マンの感想の最大の問題点がコレ

出来事を書くことはほんと苦手なんですよね。
だから、オフレポとか書けませんし、キン肉マンの感想もあらすじを書くのが毎回苦痛なのですよ。
色々考えて、思いついたことを書くのがすごく楽しいので、苦痛より楽しみが上回っているから続いているわけですが、いい加減なんとかしたい…
毎回、キン肉マンの記事を書こうとするときに「書きたくて書きたくてたまらない」という状況にもっていきたいんですけど、あらすじ書かずにわかりやすくする方法ないのかなぁ…
それに成功すれば、生産性がものすごく上がるはず…

投稿するのは1日2記事程度までという縛りを作ってしまってる

気分にムラがあるので小分けすると生産性が落ちるだけみたい

読む方としたら1日10記事どかんと更新されてて、1週間更新ないというよりは、毎日更新されてたほうが楽しいと思うんですよね。
なので、出来るだけそういう風にしようとしていました。
でも、残念ながら気分に超ムラがあるので、そうはいきません。
私は、書きたい時は書きまくるけど、インプットしたい時はひたすらインプットするタイプなのです。
というわけで、この変な縛りを取り払おうと思います。
書きたい時は10記事くらい書いて一気にばーんと更新してしまいます。

「保存して後から投稿すればいいのでは」とも思うんですけど、「書いたらすぐに投稿したい」という気持ちのほうが大きいです。
こういうときはやりたいことをやった方が楽しい上に生産性をアップ出来るんで、書いたらすぐ投稿しちゃう方向性で。


まぁこんなかんじなわけですけど、こうやって自己分析してる記事を書くのがえらい楽しいわけです。
きっちり外部出力することで、そこそこまとまったものが出来て、自分の思考を整理できるんですよね。
もはや人生の目的の1つです、これ(笑

こうやって考えていると、自分がどういうふうにしていきたいかがだいぶん見えてきましたヽ(´▽`)ノ

その時、一番書きたいことを書いていこうの巻

苫米地式オールライフコーチングプログラムを続けて、自分を省みて思ったことなのですが、どうも「自分がその時、一番考えていることをがんがんブログに書いていきたい」という気持ちが見つかりまして。
それが今までできてなかったんですよね。

なんでできてなかったか要因をあげますと

急に変な話題を出すことへの抵抗

たとえば、いきなり「10万のプログラム買って実行してます」と書いたわけですけど、あれって結構な抵抗がありました。
自己啓発的なことが好きなんですけど、あんまり話題に出してませんでしたし、ぶっちゃけ苫米地さんって怪しいから、そんなもんに10万とか思われそうですし(笑
今回の場合、あまりにもネタになって紹介しないほうがデメリット大きいんで、紹介にいたったわけです。

この時点で、人からどう思われているか基準になってて良くないですよね。
気にせず好き放題書いてきゃいいんですよねぇ。
平清盛の感想とか、ある意味典型ですよね。

綺麗にまとめたい欲求

たぶん、こっちの方が足を引っ張ってる原因です。
なんか体系的にまとめたいんですよ。
性別の悩みを無くす話とか、順序立てて綺麗に書いていきたいのです。
でも無理!
もう、書きたいことから書いていったほうがはるかに生産性が高くなりますし、まとめようとしているうちに書きたい欲求がなくなっちゃいます。

性別の悩みとか自己啓発的なこと以外にも、まどか☆マギカの考察とか、Fate/zeroの考察とか、キン肉マンネタとか、アニメ漫画ネタで書きたいこといっぱいあるんですよね。
最近は健康的な食生活にめざめたんで、それも書きたい。
書きたいことはいくらでもあるのに、まとめようとして書けない。
そして何も生み出さない…

最悪のループだ、これ(;´Д`)

苫米地さんの理論は「とにかくやりたいことだけやれ、やりたいこと以外やるな」というのが根底にあるんですよね。
そのほうが数倍の生産性をたたき出すことが出来るという、非常にシンプルな理論。
そりゃそーですよね。

まとめなきゃとか、順序立てなきゃとかになると「want to(~したい)」が「have to(~ねばならない)」になっちゃう。
そこで生産性がめちゃくちゃ落ちて、書かなくなっちゃう。

というわけで、まとめ方とか順序立てるとか無視して、書きたいときに書きたいように書いていきます。

地震がありましたが無事です~

びっくりしました、こわかったです><
iPhoneの緊急地震速報の音をはじめて聞きました…

なお、フィギュア棚の被害もゼロでした。
誰ひとり倒れていなくてびっくり。

という無事報告でした。

ブログ記事の方向性とかでいろいろ考えてみる

ちょっと実験的に「自分の身の回りの書けることをなんでもかんでも書いてみよう」ということで、持ってる商品を出来るだけレビューしたりしましたけど、いまいちコンテンツとしての面白みに欠けるなーと。
いちいちジョジョっぽく紹介するとかすればいいかなぁとか思いまいたけど、それもなんか難しく(笑

で、他の人の通販で買ったものをノンジャンルで紹介してるブログを見て、こーいうふうになっちゃうのはなんか違うなぁと感じましたし。
まぁ、写真を載せたりキン肉マンの感想書いたりしてるから、通販ブログになることはないんですけども、通販比率が高まるとそういうふうになってしまうなぁと。

まぁ、便利なものを紹介するのはそれでいいし、ダイエット食品記事とかもあとから女装講座にでもまとめたらいいかなーとも思っているのですけども、なーんか面白みに欠けるなぁと。

で、ふとしたことから「女性から男性になりたい人」のブログを見たんですけど、自分と真逆の感性で面白かったんですよね。
「ああ、こんなことかんがえてるのかー」と。

それで思ったのが、わたしのよーな「男性から女性になりたい人」は、そーいう視点とか子供の時の経験とかの話を書いたほうが面白いのかなぁとか。
そういえば、性別的なことで「普通にはない感覚なので話を聞いていてとても面白い」と言われたことがあったりしたなぁとか思い出しまして…
なんかそーいうこと書いたほうが面白いのかなぁとか感じました。

その辺を受けて思ったのが、ネットというものは、変な人が本性さらけだしていたりするほど面白いんだろうなぁということなのです。
その異常性が他人を傷つけるようなのは論外なんだけど、そういう方向じゃなくて趣味嗜好とかそのへんでぶっ飛んだものというか。
当たり障りの無いものは面白みに欠けるんだろうなと。
インターネットは「デタラメ人間の万国ビックリショー」なのかもしれません。

あとはまぁ、既存のお客さんに受けそうなネタはやっぱりキン肉マンとかジョジョとか。
ジョジョはアニメの感想をまったく書けてないし、キン肉マンは突っ込みどころと強引に解釈するネタで多分いくらでも書けるんですよねぇ…
その辺を書いたほうが面白くなるんだろうなぁとか。

美容系に関しては興味のある人も多いし、書いていったらいいかなーとかは思ったり。

なんか色々方向性であれこれ考えているのでした。
まぁ、実験的にいろいろやってみますー